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2010年4月21日水曜日

愛自転車で愛犬と表参道めぐり



今日は、お昼間に表参道へいきました。
赤坂図書館を経由して、東京ウィメンズプラザへGOしました。


借りていたユングの絶版本『転移の心理学』
ドメスティック・バイオレンスに関する資料、そのほかを戻しに……。


最近私は、
飼い始めた子犬に社会科見学をさせやすいようにと、自転車も新調しました。
(銀座まで20分、新宿まで30分、走って走って社会を見せて、見せて、見せまくっていますw)


新開発のスマートベルトドライブの27型車輪
そのなめらかな走行感がたまりません!
ブリジストンの『プレスティーノ』というワーキングパーソン向けモデルです。
ビジネスバックが収まりやすいようにと設計された、大きめ横長タイプのワイヤーバスケットがお気に入り。
パピーのキャリーバックがストンと入ります。


ひらりとまたいで、
赤坂見附から表参道まで、なんと15分です。


1年半ほど暮らしていたことのある街へ
久しぶりに足(車輪?)を踏みいれると、驚くことに
空いているテナントが増えていたり、
以前はあったお店がなくなって、ほかのお店になっていたり。
雰囲気が心なしか変わっていました。




図書館を2件まわったあとは
表参道ヒルズ内にある
NYでも人気のセレブリティ・ドッグ・スタイルショップ「Hannari」さんで
カフェマットを購入~。


ここでうちのシー・ズー犬「ポリー」は大喜び&ハッスル。
店員のお姉さんたちがとても「かわいー」と優しくじゃれてくれたおかげです。
「はっ、はっ」と舌を見せ、瞳をきらきらと輝かせ、小さなお耳を立たせ、ほうき星のようなしっぽを
くるん、くるん、まわします。
興奮したせいで、うっかり(?)おもらしもしました(!)。
ですが、お店のお姉さんたちは「いいんですよ、いいんですよ」と、
素早くお掃除してくださりました。
やさしー!


東京で、優しさやあたたかさが接客姿勢として
顕著に感じられるのは
「このペットマーケットぐらいじゃないのかしらん???」というのは、私ぐらいでしょうか?
(もちろん、私らのお仕事も、そうありたいと思っていますが)


などと、現代最新社会勉強をしてたりする、私。
無垢(innocent)な存在は、ひとを優しくしてくれますね。


私もクライアントの前で無垢でありたい?
正確にいうと、無垢でありながら現実を生きる聡明さを提示できる存在であり続けたい。
(できる範囲で。だって、相反する多極の要素を持ち合わせることができるのは、神の領域だものね。もちろん、チャレンジはし続けたい。なぜなら、そこに感動と癒しが存在するから)


わんこライフは生まれて初めてなので、
ライフスタイルの調整に迫られました。
家具の配置をかえたり、必要な小道具をそろえたり。
そのためにあれこれとやることが増えて大変ではあるのですが、
私も社会の「今時パーソン」なのだろうと、
「今この一瞬、目の前のこと」を楽しませてもらっています。


不思議なことに、自分の衣類や小物などに対する物欲がめっきり減退。
精神医学用語の「リビドー」の向かう先が
愛犬に変化したことで、自分のことは二の次になったというわけです。


子育てをするお母さんの気持ちが
なんとなく体験として見えたような気分です。
(もちろんペットと子供は全然違うのですが、
愛情エネルギーをかける矛先が、自分以外にできることのスゴサみたいのを実感しているという意味で)




さてわんこ連れがOKなドッグカフェ、
テラス席のあるカフェに途中で2カ所よりました。


アニヴェルセル表参道「アニヴェルセルカフェ」


アイスオレが1杯1000円と
ホテルのラウンジクラスの料金ですが、
ひとが大勢いるので、
私のように目立つのが苦手な人間には
ちょうどよく、人混みのなかに
わんこと一緒に埋もれながらランチができて
よかったですw




青山一丁目「CAFE246」


テラス席は喫煙席なのですが、
オープンエアになっているので、たばこのにおいはきになりません。
アイスコーヒー1杯400円とお値頃なのもうれしい。
ウッディな丸テーブルが大きめなので、
お仕事ツールを広げても、ゆとりスペースたっぷり。
(この原稿は、ここで書きました)
おまけに、わんこ用のお水もサーブしていただきました!(どうもありがとうございましたっ)






夕方まで、一仕事して、
夜からのクライアントのセッションのためにオフィスに戻りました。


青山一丁目から赤坂見附まで、
古い自転車だと5分かかっていたところが、
今度のだとたったの3分でOK。
いやー、時短にも一役買うことになるだなんて!


ありがたい、ありがたい。幸せな1日でした。
明日も豊かな心でいられますように。

新媒体!読売オンライン×日テレG+『小町のアンテナ』の撮影のお仕事

気がつけば1週間は、なんてあっという間なのでしょう!
やりたいこと、やらなきゃいけないことが、やまほどありすぎるのに、
体力のほうが年齢に比例して追いつかず(苦笑)
不慣れなブログもつい遠ざかっていました。
ごめんなさい。


さっそくですが、活動報告です。
先週のハイライトは、


CS放送日テレG+の番組「小町テレビ」の撮影のお仕事でした。


タレントの早見優さん、大東めぐみさん、落語家の三遊亭楽生さん(6代目円楽さんの一番弟子さん)による
このスタジオトーク番組内では、『小町のアンテナ』という、
三遊亭楽生さんが話題のスポットや商品などを体験取材をするコーナーがあります。

そちらでご紹介くださるお話をいただき、
私が主宰します「恋文屋.com」においでくださいました。

しかも、このコーナー「小町のアンテナ」は、いまやメガメディア!
月間1億3千万PVを集める読売新聞の
人気サイト「大手小町」内の動画紹介としてもアップくださるんだそうです。わーい(^^)/
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/tv/antenna/index.htm

ちょっとした新しいメディア戦略ですよねー。
こちらの番組は、この春4月に立ち上がったばかりなのですが、
早くも評判が上々なのだそうです。
要チェックですね。確かに拝見していてテンポもいいし、面白い。
(早見優さんも、大東めぐみさんも、さすがお美しい・・・うっとり)


さてそのような光栄な機会・・・・・・


テーマはレポーターの三遊亭楽生さんの
新婚2年目の奥様へのラブレターを作るお手伝いです。
ふだんはラブレターを送ることはもとより、
「好き」とか、「愛している」とかさえも
おっしゃることはないとのことでした(笑)が……


あらかじめ楽生さんは「自分でもつくってみました」と
自前のラブレターをご持参くださいました。
なんと2~3時間もかかったのだとか!?


それをもとに深くお話をうかがっていきました。


心理セラピーの技法をつかっていくので
残念ながら? 心底に秘めていた
(ご本人の言葉によると)「恥ずかしい」部分がむきだしにされていきます。


楽生さんは、さんざん耳まで顔を真っ赤にしながら
「恥ずかしい~~」とおっしゃっていました。


けれどもそこでできあがったラブレターは
核心に迫る、胸に響く内容。

最後にご自身で朗読くださったのですが、
私は聞きながら
こころがぶるっと震えるのを感じました。


そんなに素敵な想いを抱いていらっしゃるのであれば、
日ごろからちゃんと相手に伝えましょううよ!
気持ちはカタチにしなければ伝わらないのに!


ところがそこにも「意図」がしっかりと存在することがわかり!
ますます感激したのでした。
その「意図」もやっぱり形にしてはじめて、
お相手を心底から喜ばすことができるように
私は思うのです。


とりわけ、意識レベルではなく、
無意識で感じ取っているアレコレに
「愛の絆を結ぶ最強の鍵が眠っています。


イタリア人のようにしょっちゅうではなくてもかまいませんが、
さりげなく折に触れてでもいいから、
やはり「表現するからこそ、人生が豊かになる」のではないかと
私には思えてならないのです。




それはいったいどんな表現メッセージだったのでしょ~?
楽生さんの感想のコメントなども楽しみです。
おふたりがいかに素敵なご夫婦であるのかも伝わってきました☆


放送は5月9日(日)10時~10時30分


[再放送
翌週・月曜 22:00~  
火・水・金 16:30~  
土曜 10:00~


・「SKY PerfecTV!」 ・・・CS309ch
・「スカパー e2」     ・・・CS257ch 
※ケーブルテレビにもあり




楽生さんの世界観を通じて、私自身も貴重な胸のゆさぶりをいだきました、
スタッフのみなさま、楽生さん、本当にありがとうございました。


みなさまの心にも素敵な感動が届きますように。
よろしければご感想などをお寄せいただけるととてもうれしく思いますm(_ _)m


※[小町のアンテナ]はこちら~
恋文屋.comでの撮影内容は、
5月9日(日)以降の配信になります。
CS契約をしていない方も、普通にいつでもチェックOKの一般公開動画としてリリースされます。
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/tv/antenna/index.htm

P.S.
楽生さんは、とても気さくで、こころの優しい方でした☆
お仕事に対する一生懸命さも伝わってきました、
私も身の引き締まる思いがしました。


お写真はディレクターさんと、カメラさんと、
スタッフの方にとっていただきました。


映像になれ親しんでいる方の
カメラアングルというのは、安定感がありながら
臨場感のある絵を切り取りますよね。
少しでも「伝わる写真」をとりたいと
精進中の私には、
「すごいなー」と感心させられること、しきりなのであります。

2010年4月12日月曜日

日吉とセドナ。場が示す共時性と布置されているものを読む~過去の足跡から



抜けるような青空を背に、花びらを幾重にも折重ねて、たわわに枝をしならせているのは、お見事な八重桜。


場所は、神奈川県日吉にあります
慶應義塾大学のキャンパスです。




今朝の雨空とは対極的でしたね、
昨日の日曜日は。気持ちのいい小春日和でした。



14年ぶりに足を踏み入れましたヨ(@-@)




この初夏に私がプロデューサー役をつとめることになった(…といってもほとんど20期の大先輩さまが仕切ってくださっていて、私の仕事のほとんどはサポートすることでしかない、いやそれさえもままなってない???)
慶應義塾大学在学中の所属サークル「放送研究会」OB・OG会「放研三田会」のからみで、「新入生歓迎発表会」を拝見にうかがったのでした。
今年で設立65年目を迎えるとのこと、私は47期の卒業生ですから、ひとまわり以上も若い元気な感性にふれてきたわけです。


左の写真は「塾生会館」ですね。(懐かしいや。無茶苦茶をたくさんやっていたアホな学生時代――― 私は相当に分裂症的だったと思う(笑)―――が思い返されて、しみじみ。時の川をずっとずっと泳いできたかのようような気がして、これまでの流れと歩みをつと振り返るのでした)

2Fの大ホールに午前中からびっしりと若い学生さんたちが所せましと座っていて、驚きました。
写真はDJ番組のご披露中です。限られた製作費のなかで、創意工夫のあとがあちこちにみられて、ほほえましかったです。純粋に創ることを楽しんでいる姿勢は、今の私にとても必要な(取り戻したい)エネルギーでもありました。あらためて「バカといわれるぐらいおかしなことやって、人と違うことをたくさんやって生きることが、クリエイティビティの真髄だったよな。自分の中にあるトリックスターを存分に開花させることが、クリエイティブ魂の本質だったよな」などと感じられて、素直に良かった。


「縁は異なもの不思議なもの」といいますが、“たまたま”私の席の前にかけた新OG1年生(61期)のきれいな女性が、この春に読売新聞社に記者さんとして入られたのことで……。
私のところ(恋文屋.com)をこれまでにご取材くださっている新聞社さまは、90%以上が読売新聞社系ですから、“たまたま”もあまりにも重なると、“必然”のように感じられてきます。
(明後日も読売新聞のサイト「大手小町」内の情報動画番組の取材・撮影です)


そんな不思議なご縁も、この週末には、もうひとつ。


セルフ(自己)とつながる感動を人生で初めて私に教えてくれた、
アメリカのアリゾナ州セドナのご縁です。
写真は、セドナ一人旅のときのものです。あいにくの曇り空でなのと、この写真では到底伝わらない、すごさがこの土地にはあるので、よかったらリンクしたHPをご覧いただけたら嬉しいです。


2002年のころ私はずーっと口癖のように「力がほしい」と言っていました。
現代社会を生きる日常的な自分にずっと違和感があって、“何か”に渇望していました。
その“何か”がずっとわからずに彷徨うように奔走していたわけですが、
当時『COSMOPOLITAN』という雑誌のライターをしていた私は、
親しい編集者が、ヒューマン記事で某スターメイクアップアーティストの方とセドナ取材にでかけたときの逸話を直接耳にして、「ここだわ!」と、直観。勇んででかけたのでした。ひとりで。


そこにあったものは、ネイチャーの強大なパワーでした。
宇宙とひとつになる歓喜でした。ナイアガラの滝が天空から落ちてくるかのような衝撃でした。
地底から、マグマが噴出すかのような、エネルギーの爆発を全身で受け止めました。
滞在していた5日の間、毎晩私は嗚咽しながら涙を流し続けました。
歓喜の涙を知ったのは初めてのことでした。
悲しくもないのに、涙がひたすらあふれては流れ落ちるのです。
見た夢は、母親の子宮からワールプールのように、滑り落ちていくというものでした。
おまけに1年後、母の告白によると・・・・・・
「そういえば1年前にあなたがアメリカに渡っていたとき、
私は、あなたが赤ん坊になって泣き続けている夢を見たわ」というのです。


エネルギーがいかに時間や空間を超越することが可能であるか。
われわれは、ひとつのものから発生している存在なのだ。


そんなことを教えてくれたような気がしたものでした。


無意識の世界や魂の世界でどんなことが起きているのかについて
いろいろと学びを進めてきた今だからわかります。


あの感動は、日常を生きる自我を超越した、
セルフのど真ん中につながった証だったのです。


あの感覚に、今ふたたびつながりながら、言葉を紐解くと、こんな言葉が浮かんできます。


「私たちはみな宇宙の子」


これをしっかりと目を開けながらも自覚しつづけることができるとき、
すべては時間をかけながらも「奇跡」(=現実的な悩みやトラブルから解放された世界のこと)に近づいていくのであろう。


そんな確信を呼び覚ましてくれます。


この1ヶ月ほど
「だいぶ私もセルフが求める生き方に近づいてきたし、
もう1度、セドナに訪れて、大自然そして自己とふたたび直面したいなあ。
あともう一歩のパワーは、セドナの大地と大空が教えてくれるかもしれない」
などと思っていたのですが……
この週末に、高校時代の同級生が人生相談に訪れ(なんとこちらは18年ぶりの連絡&再会でした)、 その彼女は、2週間後にセドナに引越し、そちらでエナジーワーカーとしてがんばっていくというのです(!)。


その彼女はもちろんですが、私も呼ばれてるよなぁ~~~。セドナに。うーん。


そうそう。魂は、とても正直ですから、外界の刺激に対してとても素直です。


私は忘れていたのに、彼女が覚えていた、私の18歳のときのセリフはこんなものでした。


「(高校最後のとき将来について学級のみなで発表しあっていたとき)


私は、自分らしく個性をもって生きたい。
けれども母親のいう『普通の人生もいいのよ』という言葉にゆれる。
そのどちらにしようか悩んでいる」


彼女いわく「なぜかわからないけど、ただそのセリフだけを覚えている」というのです。


彼女の魂もまた、「普通 or not普通」というテーマを持っているからなのだと、
心理セラピストの私は見て取ります。


・・・そして、そのことを教えてもらった私は・・・・・・


「なーんだ、私ったら、18才のときから、同じテーマで悩んでいるんじゃん!(笑)」
(つい1ヶ月前まで、私は心理のトレーニングを受けていて
「大崎さんは普通じゃないよ」と師匠に言われると「きゃー、やめてー」と身もだえをしていたw)


面白いことに魂のテーマは、
自分の描いてきた“軌跡”に布置されまくっているわけですね。
ヘンゼルとグレーテルがパンくずを落とすように、
私たちは魂の片鱗をちょっとずつ人生の道程に落としてきています。


けれども最近は私も変容してきていますよ。
自ら心理のトレーニングを受け続けているおかげです。
無意識に眠っている自分の言い分を、
専門家の介在のもと、しっかりと意識化してきているからです。
not普通であることを受け容れて、むしろ誇りに感じることができるようになってきました。


私のもっとも苦手だった
ブログも
このように自己を表現することも、楽しくなってきたぐらいですから!


「私」という魂を映しかえしてきてくれている
過去と現在のまわりのすべてのひと、もの、できごとに、
心からありがとう!!!


感謝の花束を、遠い空に向かって
おもいっきり投げたいほどに。

2010年4月9日金曜日

布置されているものを読み解けば~江の島の空の下で















きょうの1枚目の写真は
ホンモノの鳥!かっこいいです。

ふと、ある本が読みたくなり、
そのシチュエーションを連想してみたら、
江の島の海を臨みながらながら読んでいるところが
浮かんできたため、
朝から散歩(?)気分で、でかけてまいりました。
(注:電車で片道1時間半w 今日は久しぶりのオールオフデーだったの)

きのうのブログの通り
「好き勝手にやりたい放題やってよいのだー」と決めたら
大胆な行動が生まれました。

(ひとからみれば、私のライフ全般、じゅうぶんに好き勝手やっているように
うつるかもしれませんが、当人のなかではこれまでのところ、中途半端な感じが大。
どこかで制御スイッチが働いて、本来のエネルギーの求める動きに対して、
なかば遠慮ぎみに放散されている感をぬぐい切れずに
いまいちギアが入りきっていない感が、居心地悪く感じてきていたのでした。
まあ、微細といえば、微細ですが……)


そこで、快晴の空をスイスイーと優雅に泳ぐ
鳥の姿をつかまえました。
(ワシなの?タカなの? 分別はつかないのですが……)

リチャード・バックの『かもめのジョナサン』の世界が
思いだされました。

いいなぁ。

私は鳥に憧れがあります。
きのうのブログの話題「自由」のシンボルに感じていますう。

子供のころから、鳥は私のパワーアニマルです。
心の守り神です。

あんなに大きな鳥を、手なずけて
肩にのせ、歩くことができたら、
どんなにか素敵だろう。

うっとり~。

あごを上げて、空を見つめ、
そのまま輝く空に吸い込まれそうになります。

海は陽ざしにきらめき、
向こう岸のさらなる先に
富士山のシルエットも
うっすらと浮かんでいます。


大学時代は
息詰まりと行き詰りを感じると、
いつもサークルの男の子に車で
海を見に連れていってもらっていたっけ。

そういうことをしなくなったのも、私らしくないのかもしれません。
(むろん、今は大人。おねだりして車でどこかに連れて行ってくれるような男友達も、みな鞘におさまってしまったので、ひとりでどうにかするしかなくなっていますが。
そもそも電車でいけばいーだけのことなのにね、電車でいけば)

本題の「本」についてですが、
きょうの課題図書は河合隼雄さんと谷川俊太郎さんの対談本『魂にメスはいらない』(講談社+α文庫)でした。

じつは1993年に講談社が+α文庫の第一弾として刊行したのが
この本だったのですが、
購入したとき私はまだ大学2年生でした。
失恋してズタボロになっていたとき、
谷川俊太郎さんの詩に癒されていました。
谷川さんが大好きだった私は、
タイトルに魅かれて、初版を購入したのでした。

河合隼雄さんについては「こころの大先生なのだろうし」ぐらいの認識しかありませんでした。
正直いって、河合先生はどうでもよくて、谷川さんが「魂」に対してどういう見解をお持ちなのかしらという興味で買ったのでした。

実際に読み始めてみると、17年も昔の私には、
はっきりといって、チンプンカンプン。
「タイトル買い」のせいで、内容をきちんと確認しなかったから
「なんだよ!河合先生の話が中心なんじゃん」とがっくり。
(「ユング心理学講義」というサブタイトルもあるんだから、当り前ですよねw)

在学していた慶應義塾大学の一般教養で受けた実験心理学の授業は、行動理論中心の基本内容でした。臨床(=人間と向き合うこと)がもともと好きな私は、
行動でくくっていく考え方に面白さを見つけることができませんでした。
一気に「心理学は好きではない」になりました。
(なんて決めつけるのが早い、単純ぶりだったのでしょうね)

そこへ加えて、この本!
初心者向けにかかれた読みやすい図書の顔して、
「ユング研究所」での「分析」がどうしたこうしたなどと、
ある程度の専門基本知識がベースになければ、まったく意味不明なのでした。
(私の読解力の低さのせいもあるでしょうが)
ますます「私に心理学は関係がない」と思いこんでしまった時期が
長く続いたとしても無理もありません。

どこに興味の入り口を設けたらいいのかもわからず、
20ペイジも読んだあと、積ん読(つんどく)図書群の一部と化したのでした。

それから今にいたるまで、私は7回も引越しをしています。
荷物を大整理するたびに、この本はどうにもこうにも
ブックオフに出す気がおきないから不思議でした。
「タイトルネームからして、いつか必要になりそう」な気がして、
本棚の奥におしやって、ずっとしまってきたのでした。

「魂ってなんだ?」
疑問と興味が尾を引くのです。
再びペイジが開かれるまで、17年もの月日が流れました。

自分が書きたいことのために、
最近もっぱらユングの書いた専門書を読みあさっていましたが、
どうもユングの言葉は、
一般のひとには難しすぎます。
どの切り口で見せていくことができるのだろう?
ヒントを求めて、
いろいろな情報と資料を探していました。
その流れで
たまたま河合隼雄さんの『宗教と科学の接点』を取り寄せる手配をしたら、
類似図書として、『魂にメスはいらない』がネット上であげられていました。

ひょいと棚から引っ張り出してきてみて開いてみると、「!!!!」。

今、私のなかでいろいろなことを再整理するのに、ちょうど欲しいことが、
ばっちりとたくさん書いてあるではありませんか。

すごいなあ。

17年前に、意味もわからず購入していることもすごいですが、
17年後に、その内容が専門的に理解できる立場に、自分が身を置くことになっていることも、ひたすらすごい。

心理職につくようになるだなんて、
毛頭考えたこともなかったからです。
日常を生きる私としては。

けれども無意識や魂の次元ではずっとずっと前から
ひょっとすると生まれたときから
こうなることを知っていたのだろうという
気がとってもしてきています。

こういうのを「布置(コンステレーション)されていること」といいます。
まさに河合先生が唱えられていたことですね。

自分のなかの布置されているもの」を読み取ることができるとき
(心理セラピストであれば、
クライアントに布置されているものを読み取り、それを支援することが
大事な仕事になる)

ひとは魂のメッセージに従って生きることができるようになる……
つまりそれは、精神の解放であり、自由でもあります。

これこそが究極の自己実現です。夢をかなえ、
人間を熟成させることにもつながります。
(河合先生はもちろん、谷川さんもそのような見解になっていたが)

このことを知っている現代人は、いったいどれだけいるのでしょうか???
(一般化はしていない気がするのですが?)


この大事な人生のツボ。
はたまた社会の重要なツボ。
そこを大プッシュしたい私なのでした。

そういえばこの本のデザインって
神秘的なあわいブルー。
きょうの空と海の色と符合が一致すると思いませんか?

2010年4月7日水曜日

自由の精神を見つける~私は無目的、無方向でいい









 




最初の会社でお勤めをしていた時、
私は友達によくくだを巻いていたそうです。


「自由ってなに?」


と。


 友達に後で指摘されて初めて、
自分がそのように言っていたことを思い出させられました。
 友達としては、ずいぶん形而上的で抽象的なことに頭を抱える私が、印象的だったのでしょう。
 あるいは、その友達もまた、「自由」を無意識に希求する心をどこかに抱えているからこそ、言葉の足跡として、心に残ったのでしょう。


 私が言ったことを忘れてしまうということは、相当、当り前になっていたのだと思います。「自由を求めて生きること」が。そのことしか頭にない人間といっても過言ではありません。空気や水を求めるのと同じように……。


 私の臨床活動において、とても大事にしていることが、いくつかあります。
 そのうちのひとつが、私自身の心理トレーニングです。
 私の内なる世界を極めていくこと作業(プロセス)です。
 私の広大無辺な無意識の世界に深々ともぐり、
 日常で、無自覚に起きていることを、認識することをくりかえします。
 自分の魂がいったい何を求めているのかに直面化させ、
 日常を生きる私として、それを受け容れ、
 私自身の器(コンテイン)を広げていくことにもつながります。
 昨夕は、そのセッションでした。


 持ちかけたテーマは
「私は、どの方向性で学びをくりかえし、何をウリとしたらいいのだろうか?」
です。


私はとても広範囲のことに興味関心があり、
クライアントの指向性やご相談のテーマも、じつに種々様々であるため、
疑問に感じたからでした。


コンサルティング業をなさる方のなかには
「テーマは絞り込んだほうが、集客をしやすい」
という類のことをおっしゃる方もいるからです。


私自身は、その意見に対して
「そうなの? それをしたら私はかえって進みにくくなる」
と違和感を覚えます。


そのくせ、世間一般的な論に従った方がいいのかななどとも疑問に感じ、
その疑問が足かせになって動きにくさを感じているのですから、世話ありません。


そこで自分の師匠に投げかけたのでした。


結論としては、
私の場合、
無方向性、無目的、全肯定、解放」のなかで生きるときが、
最高に自分らしく、エネルギーいっぱいに
自己実現&自己表現しやすくなるのだということがわかりました。


確かに……


ブログひとつとっても
以前の
「悩み相談室」とか「ラブレターブログ」のように
テーマを設定して書こうと決め手も
いくら机の前に座れど、
いつまでたってもちっともやる気がおきてきません。


「書けないときは、とにかく机の前に座っていればいい」
とは、斎藤孝さんの御本の中に書かれていたように思いますが、
私の場合は、そういう問題ではないようです。


それよりも私の場合は「枠のないフリーダム」を設定した
今度のブログのほうが
すっごく書きたい意欲がわいてきます。
ジャンル幅広く、あんなことも、こんなことも、自由気まま。
足かせも、枠組みも、何にもないところにいるとき、
自然と活力が満ち満ちていきます。


つくづく世間一般に流布している
自己啓発書やビジネス書の言っていることが
まったく当てはまらない私です(笑)。


しみじみ「個性」とは、
誰かの成功スタイルを追随すれば花開くわけでもないのだということを
身をもって学ばされます。


ただし! 逆にしっかりと枠組みを
与えられた方が生きやすい「個性」があることも確かです。


大事なことは、そこを「見極める」力なのですね。


だから私の場合、学ぶ方向性も、
「無目的、無方向性」でよし。


「多動症的に、あれもこれもとなりますが、それでもよいの?
俗に、優先順位をたてて生きろというではありませんか」


とたずねると、答えはYES。
「君の場合、優先順位をたててもいいし、たてなくてもいい」とのこと。


そうなんだぁ~。
私はずいぶんとお気楽ご気楽、好き勝手に生きることが大事のよう。
それを許されるなんて、なんて有難いのだろうと、しみじみと泣けてきます。


「そういう生き方が、君の場合はお金につながるから」


ともアドバイスをもらいました。


そういえば画家の棟方志功さんも
「僕はありがたい。好きなことだけやって生きることができる」
と、せっせと絵をつくっていらっしゃったのだそうです。


そんな有難いこと(注意:私の魂の望むものだから、有難く感じるのであり、すべてのひとが自由勝手気ままが有難く感じるものではないことは断っておきます)が許されているのだとしれば、


がぜんやる気も出てきます。


誰に何を言われようと、どう嫌味を言われようと、しったこっちゃありません(笑)。


来るもの拒まず、去る者追わず精神に、スイッチオン。


私は、私が書きたいことを、書き、
やりたいことをやるのだ!!


ずいぶん長いこと商業世界で書いてきているため、
もともと不向きであったにもかかわらず
長年修行のために、枠組みやテーマ設定のなかでの原稿書きをしてきました。
そのために枠を与えられた中での原稿書きに食傷気味となってしまったようです。


そういえば私の彼がこういったときも
私のなかの「やる気スイッチ」が入っていたっけ。


「君はもう編集の仕事から自由になったのだから。
本当に書きたいことだけを書くだけの時間がいくらでもあるのだから」




うううう。なんて有難い魂の恋人を私は得ているのでしょう。感涙。


昨夜も私は彼に言いました。


「私は、魂のど真ん中を貫く、普遍的なテーマで書きたいの!!!」


私が古典作品に安らぎを感じるわけでもありましょう。


彼は優しく言います。


「いいと思うよ。やったらいいじゃないか」


ああ。このくだり、ここにこう書いてて涙が出てきます。


感謝、感謝、感謝。


私に私は制限をもうけてはいけない。


私は私であり、私はすべてでもある。


私は何にでもなることのできる「自由」の精霊である。




だから……。


私のもとを訪れるクライアントに対して私は、
精神の自由と飛翔を体験できるように
サポートすることを、十八番とするのだと
我をふりかえります。


もちろん「枠を得たい」という想いも含めてね。
最上にそのひとらしい生き方のナビゲーターとして。


私がこよなく愛する宇宙の摂理にのっとり……、


「全肯定」の精神こそが、
何もかもを美しく花開かせることを
リクツのないところで、感じて知っているからかもしれません。


「それを愛ともいう」


師匠にそう言われた時、
私の胸の奥がもっとも静かに落ち着いたことは、
「生涯の宝物」がそこにあるからでしょう。




ただただ、ひとこと。


深く感謝。


私は、翼を広げて空を飛ぶ、鳥でいい。
ひと目ぼれして購入したピカソの一羽の鳩の絵のように。
(もちろんレプリカのコピーw)


その心で、この原稿を書きました。
私的なつぶやきを
最後まで読んでくださり、
どうもありがとうございます。

2010年4月6日火曜日

爛漫!赤坂見附の春















生後まだ3カ月の仔犬に
社会に慣れてもらうために、
サロン近隣へお散歩にでかけました。
赤坂見附にある
赤坂プリンスホテル前の
弁慶橋をとおって






ホテルニューオータニーの前をテクテクと歩いていると、
清水谷公園に出ました。

「こんなところに公園があるんだぁ~」
と導かれるままに進んでいくと、
なんとまあ、驚かされました。





春が満開ではありませんか!




東京の中心地にいることを忘れさせてくれるここは、
喧騒を離れて、落ち着いた豊かな一角。
池もあり

亀がいて
鯉が泳ぎ
すずめが鳴き
桜や桃が咲き誇っています。






シフォンのようにやわらかな
春風にのって桜の花びらが

ひらひらと舞っています。
わき出でる(springしている)



スプリング(春)の息吹。

まるで豪華なシンフォニーになって


聴こえてくるようだと、思いませんか?

みなさまも うちをご利用の際は

ぜひ一度お立ち寄りになられてみるのも

いいかもしれません。






お花見の散歩がてら

ほっと自分にかえる時間を

満喫しに

うちをご利用いただくのも、大歓迎です。






自然のたくましく力強いエネルギーは、





わたしたちがプリミティブな本質にかえるのを
助けてくれるし、

すがすがしく気持ちのいいものですよね。







プチリフレッシュをしたくなったときにも最高☆

そして……。
この春のエネルギーに意識をチューニングしていると
私もなんだか
ひらひらとスカートをなびかせながら自由に踊り出したくなります。
この心で
胸に抱えるさまざまな言葉たちを
思うままに踊らせたくなりました。
夜からのケースまでのつかのま、
この心を楽しみながら
がんばってみることにします。
これをご覧になられているあなたにも、
こんなイキイキとした、生命の喜び
が届くといいなぁ、
なんて思っています。

みなさまはどのような春を
迎えられているのでしょうか?